肉は食べずに野菜や穀物だけで元気だった日本人

日本国が成立したのは7世紀ごろとされていますが、日本列島にはそれ以前から人間が住みつき、生活を営んでいました。世界史全体で見てもかなりユニークなライフスタイルだったと記されています。特に、食事内容はユニークで、大陸で暮らす人々とは異なる独自の食文化を形成していました。

  1. 米などの穀物に依存し、肉類をあまり食べない。
  2. 豊富な発酵食品を生み出し、食文化に取り入れていた。

この2つに絞って考えてみます。
最近は、日本食はヘルシーだという評価が世界的に広まり、欧米の著名なアーティストや女優さんが和食を取り入れています、それはこれらのエッセンスが複合することで得られ力ものと言えるかもしれません。際立っているのは菜食(植物)にかなり依存していたという点。いまでこそ肉類の摂取量が増えましたが、かつての日本人は粗食ながら頑強で、1日に200キロ走った飛脚を例に挙げるまでもなく、その身体能力はずば抜けていました。

1の「米などの穀物に依存し、肉類をあまり食べない」
という傾向は、稲作が始まった弥生時代以降と言われていますが、それ以前の縄文時代も、動物性のものを多食していたわけではなかったようです。食事の内容は、ドングリやクリなどの木の実、芋類、ヒエなどの穀類を中心に、魚貝類やまれに小動物も食べていたことでしよう。

世界的には農耕が始まる以前の人類は、狩猟採集を基盤にしていたため、肉食の割合がかなり高かったと考えられます。大陸ではそれが牧畜文化へと発展していくのですが、日本列島に渡ってきた人々はこのルートをたどらず、逆に徐々に肉食を減らしていった可能性があります。

つまり、コメを主食にしていなかったガけで、「植物をたくさん食べる」という土台はすでにできあがっていたのです。大陸では農耕や牧畜が始まることで食事の内容がガラリと変化しますが、日本列島は、そのどちらも行なわれない時代が長く続きました。1万年以上続いたとされる縄文時代は、狩猟採集時代に分類できるものの、内容的には狩猟(肉食)からゆっくりと脱け出す期間でもあったといえるでしょう。

次に2の「豊富な発酵食品を生み出し、食文化に取り入れていた」についてです。

味噌や醤油、漬け物などの発酵食品が作られるようになったのは、稲作開始よりさらに後のことだと考えられています。微生物の力を借りて食べ物を発酵させるというのは、植物を効率よく取り込むための応用編のようなものです。

目には見えない菌や酵母の力を借りるには、高度な技術が必要であり、その前提になるのは環境です。食べ物の発酵に適した温暖湿潤な気候風土は、縄文時代の段階ですでに整っていたと考えられています。日本列島では、乳製品を発酵させた大陸とは異なり、植物をベースにした独自の発酵文化が形成されていったわけですが、こうした発酵食の利点は「腸との相性」がきわめて良かったことにあります。

腸との相性があまり良くない「たんぱく質」も、発酵するとアミノ酸に分解されて消化しやすくなります。たとえば、そのままでは硬くて食べにくい大豆も、発酵させて味噌や納豆にすることで、消化のいい良質なたんぱく源になります。

日本人が肉食に依存しなくても元気でいられたのは、こうした発酵の力によるところが大きいでしょう。植物や微生物とうまく調和していれば、腸の働きは安定し、精神も安定してきます。

昔の日本人が現代人より元気だったのは、世界的にも恵まれた自然環境のなか、「腸と相性のいい食事」を常食することができたため。植物や微生物とのつきあい方に関しては、栄養価が高いものを食べているはずの現代人よりはるかに優れていたといえるでしょう。

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